大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和61年(行ウ)6号 判決 1990年2月21日

主文

原告の本件訴えを却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五七年九月三〇日付でした八鹿町営土地改良事業(団体営ほ場整備事業・朝倉地区)に関する同事業の施行認可処分を取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案に対する答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件認可に至る経緯

(一) 訴外八鹿町は、兵庫県養父郡八鹿町大字朝倉(字島、同前台、同上台及び同西台)並びに同町大字米里(字淵の上、同ナベ、同三角、同里畑、同上台、同小谷、同下台、同川端及び同金長サ)の各地区において、町営土地改良事業(以下「本件事業」という。)を計画し(以下「本件事業計画」という。)、土地改良法(以下「法」という。)九六条の二第五項、七条一項により被告に対して同計画の施行認可の申請をした。

被告は、昭和五七年七月五日付で右申請に対し適当との決定をし、これを公告し、本件事業計画書の写しを縦覧に供した(縦覧期間は同月二〇日から同年八月九日まで)。

(二) 原告は同月一〇日に、被告に対し、法九六条の二第五項、九条一項に基づいて、右決定に対する異議申立をしたところ、被告は、同年九月二五日付で右異議申立を棄却する旨の決定をした。

(三) 被告は、同月三〇日付で本件事業の施行を認可し(以下「本件認可」という。)、同年一〇月一二日付でこれを公告した(兵庫県告示第二三〇六号)。

2  本件認可の違法性

しかしながら、次に述べる理由により、本件認可は違法である。

(一) 法一条一項は、法の目的について「この法律は、農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施するために必要な事項を定めて、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もって農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資することを目的とする。」旨規定している。

ところが、本件事業は、このような目的のためではなく、農業生産とは直接結びつくことのない国道九号線バイパス(以下「本件バイパス」という。)新設のために法を利用又は流用しようとするものであるから、法の適用される余地のない違法な計画である。

すなわち、本件事業計画では、本件バイパス用地を事業施行地区外としているが、本件事業が本件バイパス建設のために立案されたものであることは新聞報道等により明らかであり、更に、事業計画図にはバイパス用地が明示され、事業計画所にも「11 その他 国道9号線バイパス工事 建設省」と記載されていることからも明白であって、その実体は、本件バイパス建設計画の一環として位置づけられているところ、バイパス建設は土地改良事業として法二条二項に列記されたどの事業にも含まれていない。よって、本件事業は法二条二項所定の事業には該当しない。

(二) 仮に、本件事業計画の目的が、施行区域である本件バイパス用地外の農地の土地改良にあるとしても、本件バイパス建設によって近い将来その沿道が街の中心部として形成され、市街地又は近郊商業地としての性格をもつようになることは、主要道路の移設変更に伴って街の中心地が移動してきたこれまでの八鹿町の歴史に照らして明らかであるから、本件バイパスが建設されれば、その沿道は遠からず街の中心部となり、農業生産には不適当な地域となることも明白というべきである。よって、本件バイパスは、本件事業施行地域の農業振興という観点からみれば、無益なものである。

(三) 法九六条の二第一項、五項、八条四項一号所定の「土地改良事業の施行に関する基本的な要件」について定める法施行令二条一号及び六号はそれぞれ、「当該土地改良事業の施行に係る地域の土じょう、水利その他の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためその事業を必要とすること」(以下「必要性」という。)及び「当該土地改良事業が森林、運輸、発電その他に関する事業と競合する場合において、国民経済の発展の見地からその土地改良事業の施行を相当とすること」(以下「総合性」という。)と規定している。

ところが、本件事業は右(二)で述べたとおり、農業から商業への生産構造の転換を促すものでこそあれ、法の所期する農業生産の拡大や農業構造の改善には何ら資するところがなく、むしろ、農業生産にとってはマイナスとなるものであるから、右の必要性は存在しない。

更に、前述のとおり、本件事業計画はバイパス建設という法の予定する目的外の事業のためのものであるが、その点はおくとしても、バイパス計画自体が地域発展に資するかどうかにつき大きな問題をはらんでいるうえ、逆に周辺地域につきバイパス計画との整合性を持たせるならば、むしろ沿道は商業地化すべきであり、本件事業のように、バイパスの沿道を農用地として土地改良事業を行うのは計画の内部矛盾であるから、右の総合性も存在しない。

よって、原告は、本件認可の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

本件事業計画に基づく工事及び換地処分はすべて完了しており、工事費二億六七九〇万円、事業主体事務費二六六万二〇〇〇円(合計二億七〇五六万二〇〇〇円)にも及ぶ多額の費用を投じ、三九・四ヘクタール(昭和五九年の計画変更により、四二ヘクタール)の区画、形質は既に変更されており、関係権利者が一〇〇人にも及ぶ換地処分による登記も完了しているから、本件認可の取消しによって、原状回復を図ることは、物理的に極めて困難であるし、本件事業の規模・構造、現在の利用状況、原状回復によって予測される社会的・経済的損失などからみて、社会通念に照らし法律上も不可能であることは明らかであり、本件訴えは訴えの利益がなく、不適法としてこれを却下すべきである。

1  工事の実施経過

八鹿町は、本件事業認可後、工事に着手し、昭和五七年度には整地工事二・〇ヘクタール及びこれに伴う用・排水工事、農道工事を施行した。これに引き続き、昭和五八年度には整地工事五・五ヘクタール、昭和五九年度には整地工事一八・〇ヘクタール、昭和六〇年度には整地工事六・〇ヘクタール及びそれぞれに伴う用・排水工事、農道工事を施行し、昭和六一年五月に整地工事、用・排水工事、農道工事を完了した。昭和六一年度には、暗渠排水工事八・九ヘクタールを施行し、これにより、昭和六二年三月に、本件事業計画に係る工事はすべて完了した。

2  換地処分の経過

(一) 八鹿町は、昭和六二年九月一五日、換地計画を権利者会議に諮り、権利者一〇〇名のうち九七名の出席があり、出席者全員の賛成を得て、換地計画を定めた。

(二) 八鹿町は、同月二五日、被告に対し、農業委員会の同意書を添付して、右換地計画の認可を申請した。被告は、所定の審査を行った上、同年一〇月二四日、これを適当と決定し、同年一一月六日付兵庫県告示第一七二八号をもって公告し、換地計画書の写しを同日から同月二五日まで八鹿町役場において縦覧に供し、右縦覧期間満了後所定期間内に異議の申出がなかったので、同年一二月一六日、換地計画を認可した。

(三) 八鹿町は、同月二二日、換地処分を行い、その旨を被告に届け出た。これを受けて、被告は、昭和六三年一月一六日付兵庫県告示第八〇号をもって、換地処分があった旨を公告するとともに、同月一一日、神戸地方法務局八鹿出張所に換地処分公告をした旨を通知した。

(四) 八鹿町は、同年二月一日、換地計画にかかる登記申請を行い、換地処分の登記を完了した。

(五) なお、原告は、本件事業施行地域内に一〇筆の農地を有していたところ、本件事業の実施に伴い施行された右換地処分により、右一〇筆の土地を従前地として、二筆(一一三八平方メートル)の換地を得た。

三  本案前の主張に対する認否及び原告の反論

被告の右主張2(五)の事実を認め、その余の事実は不知。原状回復には相当の費用がかかり、社会経済上の相当性の問題が残るとしても、法律上は、原状回復は十分に可能である。まして、事業認可処分の取消し自体については、何らの困難もない。

四  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認め、同2の主張は争う。

五  本案についての被告の主張

1  本件土地改良事業の概要

本件事業の概要は、以下のとおりである。

(一) 施行地域の所在地など

本件事業の施行に係る地域は、兵庫県養父郡八鹿町のほぼ中央に位置する請求原因1(一)記載の各地区内に存し、その施行面積は、田畑などの農用地等三九・四ヘクタール(昭和五九年七月一一日計画変更認可により隣接地が施行地域に編入され、施行面積は四二ヘクタールとなった。また、昭和六一年四月七日にも計画変更認可があったが、この認可は施行地域の変更にかかるものではない。)である。

右施行地域は、被告が、農業振興地域の整備に関する法律(以下「農振法」という。)六条一項により、昭和四六年一二月二四日付で農業振興地域と指定し、かつ八鹿町が右指定を受け農振法八条により策定した農業振興地域整備計画(以下「農振計画」という。)で農用地区域と区分されるとともに、団体営土地改良事業による農業生産基盤の整備として、ほ場整備事業の実施がかねてから計画されていた地域である。

(二) 本件認可当時における右施行地域の実情

右施行地域は、本件認可当時において、以下のとおり、農業生産基盤が整備されておらず、近代的な農業経営実現のため、本件事業の速やかな実施が求められていた。

(1) 耕地の状況は、小区画・不整形で一部階段状となっていたほか、四六八団地(「団地」とは畜力及び動力作業を用いた耕作を中断することなく継続できる農用地の範囲をいう。)に分かれ、これを計八四戸の農家が耕作していた(すなわち、農家一戸当たりにつき平均五・四団地と分散していた。)ばかりか、農道の未整備ともあいまって、機械力の導入が妨げられ、極めて非能率的な作業を各農家に強いる結果となっていた。

(2) 水利の状況は、用水路が老朽化し、漏水も多かったことから、十分な用水を得られず、排水路は用水路と兼用の自然流下方式であったため、排水状況は全体的に不良で地下水位も低下せず、水稲以外の作物への転換を阻み、特に山沿いのほ場は湿田で排水には暗渠を設ける必要があった。

(3) 農道は狭く、屈曲しており、機械力の導入に大きな障害をなしていた。

(三) 本件事業の具体的内容

(1) 区画整理計画

標準区画は長辺七〇メートル、短辺三〇メートル(一区画は二一〇〇平方メートル)として区画整理し、換地処分により、農用地を計二二七団地(農家一戸当たり平均二・七団地)に集約する。

(2) 用・排水計画

総延長七三六〇メートルの用水路と総延長五六一一メートルの排水路を分離して新設し、また、特に一二・九ヘクタールの湿田地帯には暗渠排水工事(地下に口径五五ミリメートルの有孔塩化ビニール管を一区画につき三列埋設し、口径七五ミリメートルの集水管を通じて排水路に排水する設備であるが、水閘の開閉により、水稲あるいは水稲以外の作物栽培も可能となる)を実施する。

(3) 道路整備計画

幅員六メートルの幹線道路及び同三ないし五メートルの支線道路など総延長六一五五メートルの農道(砂利道)を整備する。

2  本件認可処分の経緯

(一) 八鹿町は、法九六条の二第二項及び同法施行規則(以下「規則」という。)七六条の五、八条により、昭和五六年一二月二三日八鹿町町議会の議決を得た上、本件事業計画の概要を定め、昭和五七年一月五日から五日間、右計画の概要等を同町役場掲示場に掲示して公告し、施行地域内の土地につき法三条に規定する資格を有する者八四名中七九名の同意を得た後、法九六条の二第五項、七条一項により、被告に対し、昭和五七年六月一五日付で本件事業計画の施行認可を申請した。

(二) 被告は、同月一八日、右申請を受理し、法九六条の二第五項、八条により、専門的知識を有する技術者作成の調査報告書に基づいて、本件事業計画につき所要の審査をした上、同年七月五日本件事業認可申請を適当と決定し、八鹿町にこの旨通知するとともに、同月二〇日付兵庫県告示第一七〇〇号をもってこれを公告し、本件事業計画書写しを同日から同年八月九日まで、八鹿町役場において縦覧に供した。

(三) 原告は、同月一〇日、被告に対し右決定の取消しを求めて異議を申し出た。

(四) 被告は、同年九月七日、法九六条の二第五項、九条二項により、法八条二項に規定する技術者に調査を委嘱したところ、本件事業は必要であり、また農業所得の増大、営農労力の節減等を図るものである旨の報告を受け、これに基づき、同月二五日、右異議の申出を棄却することを決定し、同月二七日付で決定書謄本を原告代理人に送付し、同月三〇日、法九六条の二第五項、一〇条一項により、本件事業の施行を認可し、同年一〇月一二日付でその旨を公告した。

3  請求原因2(本件認可の違法性)に対する反論

(一) 本件事業は、八鹿町が策定した農振計画でかねてからその施行が計画されていたものであり、本件バイパス建設計画を契機として計画されたものではなく、本件バイパス建設計画は、本件事業計画より遅れて構想されたものである。すなわち、八鹿町は、昭和四三年ころから既にほ場整備事業推進の方針を決定済みであったのに対し、本件バイパス事業計画が構想されたのは同四七年か同四八年ころのことであり、同四九年に至ってようやくルートが確定したものである。したがって、本件事業は本件バイパス建設を契機としその用地を創出するために策定されたものではない。

(二) 前記の農用地区域とは「農用地等として利用すべき土地の区域」である(農振法八条二項一号)であるが、その具体的な設定基準として農林省通達(「農業振興地域の整備に関する法律の施行について」・昭和四四年一〇月一日四四農政五〇〇〇号)は「農用地区域は、今後おおむね一〇年以上にわたり農業上の利用を確保すべき土地につき設定するものとし、この設定に当たっては、その土地の位置、地形その他の自然的条件、土地利用の動向、地域の人口および産業の将来の見通し等を考慮する」とした上で本件事業のごとき「土地基盤整備事業の対象地」を「農用地区域に含めることが相当な土地」であるとしているのである。この農用地区域設定の趣旨から、同区域における開発行為や農地の転用等については、次のとおり、公法上の厳しい規制が課せられている。

(1) 農用地区域内の開発行為(宅地の造成、土石の採取その他の土地の形質の変更又は建築物その他の工作物の新築、改築若しくは増築をいう。)をしようとする者は、あらかじめ、都道府県知事の許可を受けなければならない(農振法一五条の一五第一項)ところ、都道府県知事は「当該開発行為により当該開発行為に係る土地を農用地等として利用することが困難となるため、農業振興地域整備計画の達成に支障を及ぼすおそれがある」などの場合には、当該開発行為を許可してはならない(同条の一五第二項)。

(2) 農地を農地以外のものにする場合すなわち農地を転用するなどの場合には農林水産大臣又は都道府県知事の許可を要する(農地法四条一項、五条一項及び七三条一項)ところ、農用地区域内の農地及び採草放牧地についての右転用等の許可に当たっては、これらの土地が農用地利用計画において指定された用途(本件事業の施行地域の場合は「田及び樹園地」である。)以外の用途に供されないようにしなければならない(農振法一七条)。

のみならず、農地転用許可基準を定めた農林省通達(昭和三四年一〇月二七日三四農地三三五三((農))号)は、本件事業のような土地改良事業等の「農業に対する公共投資の対象となつた農地」を「第一種農地」とし、「第一種農地を対象とする農地の転用は原則として許可しない」とした上で厳格な例外を定めて市街化防止の措置を講じているのである。

原告は、本件バイパスはその沿道を市街化すると主張しているが、本件事業施行地域に課せられた以上の厳しい公法上の規制を無視した主張であって、失当である。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1の事実(本件認可処分の存在)は、当事者間に争いがない。

二  被告の本案前の主張の2(五)の事実(本件事業で行われた換地処分により、原告が事業施行地域内に二筆の換地を得ていること)は、当事者間に争いがなく、このことと成立に争いがない乙第三一、三二号証及び証人石塚和弘の証言並びに弁論の全趣旨とを総合すると、被告の本案前の主張に係るその余の事実(本件事業計画に係る工事及び換地処分の完了)を認めることができる。

右事実によると、本件認可にかかる事業施行地域を原状に回復することは、物理的にまったく不可能とまでいうことはできないとしても、その社会的・経済的損失を考えると、社会通念上、不可能であるといわなければならない。

三  そうすると、本件認可を取り消しても、もはや原告の主張する違法状態を除去することはできないから、これを取り消す実益はなく、訴えの利益はないものというべきである。

よって、本件訴えは不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例